Aqours“メンバー” 伊波杏樹様へ
「早苗さんが…言ってた。泣いていいのは、おトイレか、パパの胸の中だって…」
もう、人前では泣かないって決めた。
だから涙なんて流すもんか。零すもんか。
そんな自分を誤魔化すように、笑って見せた。
ありったけの悔しさを込めて、叫んでみた。
……ダメだ。見せちゃいけない。
みんな最高の笑顔で、応援してくれているんだから。
――俯いたその時、確かにその瞳から
大粒の涙が零れたのを、見逃さなかった。
◎MIRACLE WAVE 1日目
3rd LIVEが始まって、曲が進んで。
MIRACLE WAVEが披露される直前のアニメ映像が流され、ステージ上にマットが敷かれた。
その光景を目にした時、思わず両手に力が入って、ブレードの電池蓋がミシッと音を立てるのを感じた。
やるつもりなんだ、本当に。
起こす気なんだ…奇跡を。
――1日目、MIRACLE WAVEで伊波さんがバク転を決めた時の歓声は、おそらく今後しばらく頭から離れないことだろう。
やっぱりすごいや、伊波さんって。
全力で 「ありがとう」 って叫んだ。素晴らしい景色を見せてくれて、ありがとう。伊波さんの力で、MIRACLE WAVEは成功に終わった。
“伊波さんの力で”
私は一瞬でも、そう思ってしまった。その考えを改めてくれたのは、他でもない伊波さんだった。
「9人でAqours WAVE完成させたぞー!!」
「これがAqoursのパワーだー!!」
なんで。なんでそんなこと言えるんだよ。
あの大技を決めたのは、紛れもなく伊波さん、あなたじゃないか。想像を絶する期待を背負って、それでも尚果敢に飛び込んで、成功させてのはあなたじゃないか。
ずるい。伊波さんのこういうところ、本当にずるい。
そうだ。あの曲は、伊波さんだけのための曲じゃない。Aqours全員の想い、ファン全員の期待と願いをのせた曲なんだ。
あの挑戦は、伊波さんだけじゃなくて、ファンまでひっくるめての挑戦。
だから、余計に失敗できないって思ったかもしれない。でも伊波さんは応えてくれた。
私達も、全力で応えた。オレンジ色の光と、精一杯の歓声で、伊波さんを祝福した。
『みんなで叶える物語』
そんなテーマがあるこのコンテンツだからこそ、生まれたステージ。
あの瞬間は正しく、奇跡の光景だった。
…2日目、私は油断していた。
伊波さんは、絶対にやってくれる。
あんなに素晴らしいパフォーマンスを見せてくれて、Aqours WAVEを完成させてくれたんだ。
だから、今日も絶対大丈夫。
ブレードの電池蓋も、その日は音を立てなかった。
むしろ逆だった。
“あの光景”を見た時、私はブレードを持ってる感覚さえ、失ったんだ。
◎MIRACLE WAVE 2日目
着地がよれた。たったそれだけ。
大きな怪我もしなかったし、ライブの進行が止まった訳でもない。本当に些細な失敗なはずだった。
それなのにあの瞬間、不安で不安で仕方なかったのは、その失敗をしたのが、伊波さんだったからだろう。
背負っているものが、あまりにも大きすぎる。
もしかして、自分を責めてはいないだろうか。
踊りながら、心の中でみんなに謝り続けてはいないだろうか。
そんな必要、無いのに。
あのとき、あの場にいた全員が感じた不安は、それによるものだったと思う。
MCが始まって、その不安はさらに増した。
笑顔だったから。だからこそ、逆に不安になった。無理をしてるのが、嫌でも伝わってくる。
「ごめーん!」と明るく謝って、俯いた時。
大粒の涙が、たったひとつ、零れて落ちた。
それだけ。伊波さんが見せた涙は、たったそれだけ。
それでも僕は、たまらなく嬉しかった。とても安心した。伊波さんが我慢せず、“自分自身のための”涙を流してくれたのが、とても嬉しかった。
◎伊波杏樹
伊波さんは、人のために頑張りすぎていたと思う。
「ファンのみんなが期待してるから」
「リーダーとして、頑張らなきゃ」
「支えてくれるみんなを、助けなきゃ」
そこが伊波さんの素敵なところだと思うし、もしかしたらそうやって動くことこそが、伊波さんの“やりたいこと”なのかもしれない。
あの涙は、伊波さんが心の底から『悔しい』と思って流した涙だった。
今まで、伊波さんの姿って、実はあまり見えていなかったのかもしれない。どうしてそんなに頑張れるのか、どうして人のために、そこまで努力出来るのか。
現実味がなかった。まるで、アニメの熱血キャラを見ているようで。
あの涙で気付けた。伊波さんだって私たちと同じように、悩んで、苦しんでいる。
悔しい時は思いっきり泣いたっていい。誰かの胸の中でも、人前でも。
「ステージ上で誰かに何かがあったら、必ず私が助けに行く」って人だもん。
ならあなたに何かあった時くらい、私たちにも助けさせてくれ。そしてあなたも、そこに体を任せてほしい。
あなたはAqoursのリーダーだけど、それ以前に1人のメンバーだ。あなただって、誰かに助けてもらっていいんだ。
いつか、あなたが私たちの前で思いっきり泣く日が来るだろうか。泣いてもらえるだろうか。
あなたが安心して涙を流せる拠り所はどこにあるだろう
もし叶うのなら。そのひとつに、私はなりたい。
〜終〜
補足:当記事で書いた伊波さんの心情などは、すべて私の「もしかしたらこうじゃないか」という勝手な憶測です。ご了承ください